小規模宅地等の特例認めず 審判所「転地療養は一時的ではない」
2026/08/06
病気療養のため、自宅を離れて病院近くで暮らしていた――。そんな転地生活を送っていた女性が亡くなった後、自宅の土地に対する「小規模宅地等の特例」が認められなかった事案が明らかになった(国税不服審判所令和7年12月11日裁決、情報公開による)。
小規模宅地等の特例は、被相続人の居住用宅地などを相続した場合、一定要件の下、その宅地等の評価額を最大80%減額できる制度。もっとも、適用を受けるためには、相続開始直前において被相続人の居住の用に供されていた宅地であることが求められる。
今回の事案では、請求人Aの妹(被相続人)が病気の治療に専念するため、Aと母親とともに自宅から離れ、病院近くの居室で生活していた。争点となったのは、被相続人の「生活の本拠」が従来の自宅にあったのか、それとも療養先の居室に移っていたのかという点だ。 税務署は、生活の本拠は転地先にあり、自宅は居住用宅地に当たらないとして特例の適用を否認。これを不服としたAは、国税不服審判所(以下、審判所)の判断を仰ぐこととなった。
事案の概要
前提となる事実関係は次のとおり。
(1)妹(被相続人)が死亡し、相続人は母親のみであった。
(2)亡き妹の相続財産には、住民登録のある家屋およびその敷地(以下、自宅)が含まれており、母親がこれらの所有権を相続した。
(3)母親は令和3年3月、公正証書遺言を作成し、自身の全財産をAに相続させる旨を定めた。
(4)母親は、被相続人に係る相続税の申告を行わないまま死亡した。母親の相続人はAのほかに母親の長男と次男もいたが、公正証書遺言に基づき、Aが被相続人(妹)に係る相続税の申告および納税義務を承継した。
(5)被相続人と母親が死亡した場所は、いずれもC市に所在する転地先のD居室であった。一方、被相続人および母親の住民票上の住所は自宅所在地のEにあり、それぞれ死亡日まで異動はなかった。
(6)Aは承継した相続税につき、自宅の土地に小規模宅地等の特例を適用し、申告期限までに申告書を提出した。
(7)これに対し税務署は、被相続人は相続開始直前において自宅を生活の本拠としていたとは認められず、自宅の土地について小規模宅地等の特例を適用することはできないなどとして更正処分を行った。
(8)Aはマイホーム譲渡特例に関する措置法通達31の3-2を引き合いに、「被相続人(妹)は転地療養のために一時的な使用目的で転地先の居室に入居し、病状が回復した暁には自宅において生活を再開することを家族の総意としていた。転地先居室は生活の拠点には当たらず、住民票のある家屋が生活の拠点である」と主張した。

審判所の判断
審判所はまず、小規模宅地等の特例の適用対象となる被相続人等の「居住の用に供されていた宅地等」に当たるかどうかは、「生活の拠点を置いていたかどうかにより判断すべき」とした。
その上で、相続開始直前において、被相続人等がその宅地等に現実に居住していなかった場合でも、「それが一時的なものであり、被相続人等が当該建物に生活の拠点を置いていたといえるときには、被相続人等の『居住の用に供されていた宅地等』に当たる」との考え方を示した。
では、本件の転地療養は「一時的なもの」だったのだろうか。
この点について審判所は、被相続人が自宅で生活することが極めて困難な状況にあった一方で、転地先の居室は被相続人の生活の拠点となり得る環境だったことを重視。さらに、「被相続人は2年余りという少なくない期間にわたって、転地先居室で現実に起居し続けていた」ことから、「一時的なものであったとはいえない」と判断した。
Aは、必要に応じて自宅に帰っていたことや、家財・貴重品などを自宅に置いていたことなどを指摘し、生活の本拠を置いていたと主張した。しかし、審判所は、これらの事情について「病状が回復すれば本件家屋に戻ることを決意していたことを推認させるものである」としつつも、「Aが自宅を管理していたことを示すものではあっても、被相続人が本件家屋に生活の拠点を置いていたことを基礎付ける事情であるとはいえない」として、小規模宅地等の特例の適用を認めなかった。
25年度改正で要件緩和も・・・介護現場になお残る課題
小規模宅地等の特例の適用をめぐっては、被相続人が介護などの理由で自宅を離れたケースで、これまで数多くの争いが起きてきた(平成24年8月2日裁決など)。
典型的なのは、被相続人が介護施設へ入所したものの、自宅に戻ることなく相続が開始したケースだ。相続人側は、「回復すれば自宅に戻る予定だったため、自宅を離れたのは一時的なもの」などと主張したが、審判所は、施設への入所は一時的とは認められないとして、自宅に対する小規模宅地等の特例の適用を否定してきた。
こうした状況に転機をもたらしたのが平成25年度税制改正だ。被相続人の自宅に小規模宅地等の特例を適用するためには、原則として、相続開始直前まで「被相続人が居住していたこと」が前提となる。そこで改正では、要介護認定等を受けた被相続人が一定の施設に入所した場合には、相続開始直前に自宅に住んでいなくても、「被相続人が居住していた宅地」として特例適用を受けられるようになった。
ただ、介護をめぐる課題がすべて解消されたわけではない。例えば、入所先の施設が見つからないなどの事情から、被相続人を相続人宅で引き取って介護せざるを得ないケースもある。しかし、このような場合は法令で定められた施設への入所には該当しないため、被相続人が住んでいた自宅について、小規模宅地等の特例の適用要件を満たさない。
高齢化の進展にともない、介護施設の供給がひっ迫している中、支え手である親族は、それぞれの経済状況や生活スタイルに応じた介護の選択を迫られている。小規模宅地等の特例をめぐっては一定の制度整備が図られてきたが、現行制度と介護の実態との間には、なお課題が残されているといえそうだ。
〈参考〉 措置法通達31の3-2
措置法第31条の3第2項に規定する「その居住の用に供している家屋」とは、その者が生活の拠点として利用している家屋(一時的な利用を目的とする家屋を除く。)をいい、これに該当するかどうかは、その者及び配偶者等(社会通念に照らしその者と同居することが通常であると認められる配偶者その他の者をいう。以下この項において同じ。)の日常生活の状況、その家屋への入居目的、その家屋の構造及び設備の状況その他の事情を総合勘案して判定する。この場合、この判定に当たっては、次の点に留意する。
(1) 転勤、転地療養等の事情のため、配偶者等と離れ単身で他に起居している場合であっても、当該事情が解消したときは当該配偶者等と起居を共にすることとなると認められるときは、当該配偶者等が居住の用に供している家屋は、その者にとっても、その居住の用に供している家屋に該当する。